展覧会アーカイブス 1992

Exhibition Archives

事務所に使っていた部屋(A)をビルに返し、第1室の一部(B’)に移動しました。その為、それまで篏め殺しだった第1室のガラスの窓が“扉”と“搬入口”となり、少し正方形気味の狭い空間になりました。
→ 寿ビル5F展開図へ:第1室(B、ただし以前より少し狭い正方形気味の空間)、第2室(E+F)、事務所(B’=Bの一角)

この頃から京都市立芸術大学院生等の若手作家たちが画廊スペースを“実験の場”としても利用するようになってきました。彼らはギャラリーギャラリーで個展をしたいと2年ほどコツコツとお金を貯めて借りてくれたのでした。
この年、京都では第3回ITF国際テキスタイルコンペティションが開催。またローザンヌでは15回目となる国際タペストリー・ビエンナーレが開かれました。ところが今回、最多の日本人入選者を輩出したにもかかわらず、同ビエンナーレは本年をもって公募を中止。3年後に最後となる展覧会を開催することになりました。日本のファイバーアーティストを育てたといっても過言ではない同展を川嶋は視察に行ってきました。一説にはスイスで開催している展覧会でありながら、アメリカ人と日本人の入選者が多くなった為、地元スイスや西欧の作家の不満があったが故の終了とも言われていましたが、実際のところは、開催場所の州立美術館の館長が交代し、テキスタイルアートへの関心が薄くなったのが理由のようだと聞いています。(川嶋)

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寿ビル5F展開図