展覧会アーカイブス 1981

ギャラリーギャラリーは1981年、当時、成安女子短期大学染織専攻で教鞭をとっていたアーティストの草間喆雄さん、小林正和さん、2人の友人で国文学者の浅井伸一さんの3人によって設立されました。小林さんの大学時代の同級生が、河原町四条下ルにある、エレベーターがないビルの最上階5階にデザイン事務所を借りており、その隣が倉庫になっているのを知った小林さんがビルのオーナーと交渉して、自身が代表になって借りることにしたのです。京都市中心部から車で1時間ほどかかる市北部の周山に自宅があった小林さんは、以前から街中に何らかのスペースを持ちたいと考えていたようです。家賃は格安とはいうものの、改装費用を持つことが難しかった3人は、自分たちで、学生などの手を借りながら、床を貼り、天井、壁、床に白いペンキを塗り、西側の窓から自然光が入る美しいスペースをつくりあげました。そして部屋に2つあったドアの1つをガラスの嵌め殺しにして、中に入ることの出来ない、留守番がいない、電話も電気も引かれていない、来た人が勝手に見て、勝手に帰る無人ギャラリー「ギャラリーギャラリー」をスタートさせました。
ギャラリーの利用者は、設立者の3人をはじめ、友人や教え子などで埋まりました。展覧会期は定めず、ある展覧会は3週間ほど、ある展覧会は1ヶ月、というもので、マネージメントは主に小林さんが行い、オープニングレセプションは毎回必ず開催し、記録係は草間さんが担いました。(川嶋)
※以降、河原町四条下ル「寿ビル」5Fの各部屋を転々とすることになるギャラリーギャラリーの展示空間の変遷については、隔年説明文末の「寿ビル5F展開図」を参照のこと。
→ 寿ビル5F展開図:第1室(B)
○京都新聞 1981年5月2日
陽春の美術シーズンを迎えた京都市内に、珍しい三つの画廊が誕生、話題を呼んでいる。
“ガラス窓”
まずは市内繁華街に登場したファイバー・アート中心の“無人ギャラリー”。
内外の各種現代美術展で活躍する小林正和さんら3人の作家仲間が「既成の画廊とは違った、自由な造形空間を生み出せる自分たちのスペースを持とう」と探しまわったすえ、河原町四条下ル東側にクラシックな寿ビルを見つけ、その5階1室に「ギャラリーギャラリー」を開廊したもの。ただ画廊経営に制作の時間をとられては大変!と、初日のオープニングパーティ以外は会場にはだれもおらず、ドアは閉め切ったまま。訪れた観客は廊下の踊り場からガラス窓越しに無人の画廊内をのぞき見するという趣向だ。先月末まで3人による開廊記念展を開いたが、当の小林さんは「染織関係に限らず各分野の人たちが新しい美術運動のために活用してほしい。エレベーターもなく、電灯もない自然光のギャラリーだけに、町の画廊とは一味違うスペースになるでしょう」と語る。
○『染織α』1981年8月号 No.5(筑紫三郎)
「現代染織/京の繁華街に登場した無人ギャラリー」
町の画廊というのは、どうしてあんなにも入りにくいのだろう。勇気をふるってドアをあけても、作家を囲んでタムロしている一団がいっせいにこちらへ視線を向け、「異質な人種が入り込んできたな」と言わんばかりの空気が、ひんやりとこちら側へ伝わってくるから始末が悪い。画廊の中へ入ってしまった以上、作品も見ずに出るわけにはいかないので、壁面に飾られた作品を一点一点見てまわっていると、そのあいだじゅう背中に皆の冷たい視線が刺すようで居心地が大変よくない。これが、画商さんのやってる商売の画廊になると、もっと居心地は悪くなる。「いらっしゃいませ」と若々しい応対の声にまずハッとして、「どうぞお茶でも」といわれた日にゃ、何も買わずに帰るのが罪悪のようにさえ思えてくる。「そんなの、自意識過剰にすぎないよ」と、ある友人は笑とばしたが、二十数年間も画廊まわりを続けていながら、まだこの居心地の悪さは消えないのだから仕方がない。
ところが、このほど京都の繁華街に、うれしい画廊がお目見えした。四条河原町の交差点から南へ約100メートル下がった東側に、大正時代の建て物と思われる古めかしい5階建ての寿ビル。今どきのモダンなビルと違って華やかな受付ロビーもなければエレベーターもない。その代わり、各階のつくりは昔風の奥ゆかしさを残し、階段をのぼる手すりもズシリと快い。このビルの最上階の一室、せいぜいタタミ十畳敷きほどのスペースに誕生したのが新画廊「Gallery2(ギャラリーギャラリー)」。このギャラリーがうれしいのは、まず人の気ひとつない“無人ギャラリー”である点。そのうえ、ふつうの画廊のように中に入って鑑賞するのではなく、ガラス窓越しに“のぞき見”するシステム。受付嬢もいなければ、作者の姿もない。そのうえ“省エネ”時代にふさわしく?電球もない。まっ白に塗られた画廊内に展示される作品は、河原町通(西側)から入り込む自然光に照らし出されて生き生きとしている。
この画廊の経営者は、ファイバー(繊維)作家として活躍する小林正和氏や草間喆雄氏ら3人の仲間。町の画廊で年中行事のように“よそ行き着”の個展を開くことの不自然さ虚ろさをイヤというほど感じたのだろうか。どこかに、自分たちで自由に発表できるスペースはないものか、と探しまわった末の思いつきらしいが、人的努力も光熱代も節約した新形式の画廊。「わざわざ5階まで見に上がってきていただくためにも、よほどしっかりした仕事を発表せねば!」という小林氏。多分に「禍を転じて福となす」のアイデアだが、すでに数回の個展に関する限り、みずみずしいショックを与えてくれた。さりげなく軽やかで、現在にフィットしたこの画廊の行くえを、そっと見守りたい。
(エッセイスト/つくし・さぶろう)


















