展覧会アーカイブス 2001

Exhibition Archives

エレベーターがついたおかげで5階まで階段を使わずに上がれるようになったものの、それによって自主管理している「5th space」(E+F)に借り手がつくかもしれないという危惧が生まれました。当時、ビルの周りにはサラ金業者の事務所が増えていました。この類の事務所が入ると、搬入や搬出、オープニングレセプションで騒がしくしている画廊だと文句を言われかねないと心配になったのです。そうでなくても、お向かいの会計事務所にはだいぶ迷惑をかけていたようで、申告時期の3月は特にピリピリしておられました。とは言っても、画廊が借りて運営していくのは難しい。そう思っていたところ、作家がシェアして借りるのはどうかと作家の方から提案があり、ショーケースギャラリーが生まれました。川嶋が管理して、運営は参加者の負担で賄うというもので、最初は広い部屋の半分(Fのみ)を借り、50人分の作家の作品が入るショーケースでスタートしました。ショーケースは当時ビル3階にあった建築設計事務所に勤務し、後に画廊アシスタントとしてお世話になる宮本徳子さんがデザインしました。
→ 寿ビル5F展開図へ:第1室(B)、EX(A)、ショーケースギャラリー(F)、倉庫(A’)、事務所兼倉庫(D)

この年は、81年にスタートしたギャラリーギャラリーの20周年にあたる年でした。設立メンバーが再会し、開廊時の展示を再現しましたが、この時すでに小林正和さんの体調がすぐれなかったことからレセプションは持たれませんでした。(川嶋)

○ギャラリー紹介記事:『染織α』2001年4月号 No.241(辻喜代治)
「テキスタイル・アートの現場から
 海外との交流をはかりながら 枠におさまらないギャラリー運営を展開する
 川嶋啓子さんの多角的な活動」
 昨年は、不況による経済的な理由から、デパートの私設美術館だけでなく、ギャラリーの閉鎖が目立った。東京では、銀座で現代美術の象徴的存在であった佐谷画廊が閉鎖した。ほかにも、80年代から常に新しい美術動向を紹介してきた、佐賀町エキジビットスペースも閉鎖となった。今までの、ギャラリーのシステムそのものが問い直され、大きく変化する時期に来ているのかもしれない。
 このコーナーは、テキスタイルの作家や作品、展覧会だけが対象ではない。テキスタイルの様々な活動の拠点であるギャラリーも、その現場であるといえよう。今回はテキスタイルの分野で、その出発から非常にユニークな活動を続けてきた、京都のギャラリーギャラリーを取材して、これまでの活動、テキスタイル作家や現代のギャラリーの問題点について語ってもらった。なお、ギャラリーギャラリーに関しては、本誌先月号(2001年3月号No.240)掲載の藤慶之「証言・京都染織工芸の20世紀」も参照していただきたい。本稿では川嶋啓子運営による、その後のギャラリーギャラリーを中心に話を進める。
 実験場としてのギャラリー
 ギャラリーギャラリーは、今年2001年、創立20周年を迎える。ギャラリーが発足した81年当時、筆者は、ギャラリーマロニエに嘱託で勤務し、ギャラリーの企画を行っていた。特に、79年にスイスローザンヌで見た国際ビエンナーレ展や、ロンドンのクラフトセンターから巡回してきた国際テキスタイルミニアチュール展に刺激されて、日本のファイバー作家の動向を探る展覧会を企画していた。それが81年から84年まで開催されたファイバーワークミニアチュール・ジャパン展である。
 当時は、70年代中頃のファイバーアートの熱い時代も終り、すこし落ち着いた時期であった。それまでの、いわゆる日本のファイバーアートを形作った第一世代の作家群に続く、新人達が活動を始める前で、この展覧会をきっかけに、次の新しい展開が始まった時期でもある。その後83年には、西武と群馬県立近代美術館が、それぞれ別々に主催する大規模なファイバーワーク展が開催された。
 そんな中で、第一世代のファイバー作家の小林正和、草間喆雄らが中心となって、自らの作品を発表する、独自のギャラリー空間を設けた。ギャラリー空間創設も、彼らの創作行為ともつながるものであり、徐々に一般化するファイバーの作品群に対して、よりラジカルに、そして鮮明に自分たちの作家精神そのものを試す空間として、ギャラリーギャラリーは誕生した。ギャラリーは、いかに多くの観客を獲得するかが問題だと考えていた時期に、宣伝告知も行わず、限られた人だけが知る、その存在感は、筆者にとって強烈なものであった。
 独自の視点で広がる展示運営
 ギャラリーギャラリーは、その後88年から川嶋啓子によって、それまでの企画から貸しギャラリーに運営形態をかえて受け継がれている。それまでの小林を中心とする先鋭的な実験場は、作家本人たちの忙しさから運営が難しくなり、小林の教え子でもあった川嶋が、自らギャラリーギャラリーの運営の引継ぎを申し出た。彼女は同志社大学で美術史を専攻した後、成安女子短期大学(現、成安造形短期大学)の染織科に学び、当時、同校で教えていた小林と出会う。この昭和初期に建てられた天井の高い、開放的で自由な空間に限りない魅力と可能性を感じて、ギャラリーの経験も、ビジネスの知識もなく、夢中で取り組んだと当時を振り返る。
 当初は、それまでの小林のつながりから、多くのベテラン作家がこころよく空間を借りて、個展を開催してくれた。その後、同所を訪れた彼らの学生が空間を使用するようになり、徐々に広がりを見せ、彼女独自の視点でギャラリー運営が出来るようになって来た。しかし、運営といってもあくまで作家の立場に立つ川嶋は、ギャラリーの維持のために必要な家賃と諸経費から、最低限の貸し料を設定しており、決して楽な経済状態ではない。
 貴重な情報センターとしての機能
 小林たちが運営していた頃培った、世界的な作家たちのつながりも、このギャラリーの存在を貴重なものとしている。京都を訪れる多くの海外のファイバー作家たちは、必ずといって良いほどギャラリーとコンタクトを取り、自国との情報交換を行う。川嶋自身も、出来る限り積極的に海外での展覧会やシンポジウムなどに出かけ、情報収集を盛んに行っている。海外の美術文化の情報が一般レベルまで行き渡るシステムが日本にはない。
 そこでギャラリーの機能を超えて、情報センター的な機能を90年代中頃から持ち始めている。一個人のギャラリー活動では、その公平さや活動に限界を感じ、96年には日本のテキスタイル情報センターとしてKICTAC(京都インターナショナル・コンテンポラリー・テキスタイル・アート・センター)を設けた。
 これは、ギャラリーに集まる作家からの情報や作品資料を保管し、国内外から求められた時に、それらを提供するものである。ギャラリーの形態では、この情報も偏る危険性があるため、より広くギャラリーと関係のない作家であっても、その情報が取り扱えるようにしている。
 また一方、彼女のもとに寄せられる海外からのテキスタイルの情報は、求めに応じて国内の作家たちに送られる。日本では、こうした活動に対して公的な援助はほとんど行われておらず、組織化やシステム化されずに彼女のボランティア的精神によって、海外との交流が行われてきているのである。
 海外に作家を紹介する展覧会企画
 その他、具体的に展覧会を企画して、日本作家を紹介する活動も行っている。主な海外での展覧会活動では、テキスタイル・ミニアチュールワーク〈コンテンポラリーアート オブ ジャパン〉展(93,98年ベルギー、95年オーストラリア)、folding(98年オーストラリア)などがある。また日本での海外展の受け皿となり海外の作品を紹介することも行われている。Folding日本−オーストラリア交流展(2000年伊丹)、そして今年2001年1月にはイギリス、エジンバラの作家の展覧会を嵯峨美術短期大学と協力して開催している。この展覧会では、今年、日本人作家によるエジンバラでの展覧会が予定されている。
 その他、同じく今年、イギリスで各地に巡回予定の、日本人作家による「テクスチュラル スペース」展の日本側展覧会アシストなども行っている。その他、ポーランド・国際トリエンナーレ展の国際審査委員(98年)、ニューヨーク近代美術館で開催された「ストラクチャー&サーフェス〈日本現代テキスタイル〉」展に合わせたテキスタイルシンポジウムの講演(99年)など、個人的な活動も実に活発に行っている。
 ここで彼女にいくつかの質問を投げかけた。
・ギャラリーを受け継いでギャラリーの考え方は変わりましたか
 小林さんがやっていた考え方は受け継いだつもりです。つまり、鑑賞者を大切にする。自由に鑑賞してもらうことです。しかし貸しギャラリーになったことで、こちらのサービス精神が働いて、以前とは違うところが出てきているとも思います。
・空間が特徴的ですが、それによる弊害はないですか
 空間に甘えることなく、それを生かした使い方をする作家に出来るだけ借りてもらおうと努力しています。そして常に作家の実験の場所でありたいと思っています。
・現在のギャラリーの問題点は何ですか
 貸しギャラリーを続けていくことのプレッシャーを強く感じます。経済的な問題から、思いきった企画展や新しい試みが出来ないところが苦しいです。
・最近の若い作家たちについてはどのように思われますか
 作家として、個人個人の努力がもう一つ足らないような気がします。何か勢いのようなものを感じません。可能性がないわけではないと思いますが、新しい作家がなかなか見えてきません。
・ギャラリー開設、通算20周年になりますがこれからの方向は
 作家だけの問題ではないと思いますが、今のギャラリーのありかたには限界のようなものを感じます。これからは、やはり作家の情報を国内外に発信しつづけていくことで、新しい局面を切り開いていきたいと思います。経済的にも無理があり、個人的活動にも限界が来ているように思います。総合的に考えて大きな転換期に来ていると感じます。
・最後に今注目する作家を紹介して下さい
 大手裕子さんは国内ではすでに知られていますが、今年ポーランドトリエンナーレ展に選ばれ、海外でのデビューになります。本間晴子さんも知られた作家ですが、染の構図の中に独自の世界を強く感じます。次は、ばんばまさえさん、絞りの技術を使いながら、現代的な立体表現を展開しています。藤野靖子さんも伝統的なつづれ織りを追求していて、自分の物語の世界にこだわっている作家です。イナダ タカコさんは、染の作家ですが空間構成をする作家として注目しています。そして最後に、細澤香織さん、ミシン刺繍でポリプロピレン系を熱処理して立体を制作、昨年ベルギーのベトナックの展覧会で大賞を受賞しました。
・お忙しいところ、ありがとうございました。
(成安造形大学教授/つじ・きよじ)

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