展覧会アーカイブス 1999

家賃高騰を理由に96年末にビルに返還した第2室(E+F)は、5階まで階段しかないという悪条件ゆえか、その後も借り手が現れないままでした。せっかくなのでフリースペース「5th space」として、使用したいアーティストに自己管理で安く貸すのはどうかとビル側に提案したところ、借り手がつくまでならOKとなり、スケジュール管理は川嶋がボランティアで行うことで運営がはじまりました。当時は携帯電話が一般化しておらず、自己管理の展覧会に画廊の電話を貸すわけにはいかないので、これもビルに交渉してピンク電話を引いてもらったのも、懐かしい思い出です。「5th space」では、新鋭彫刻家の展示やパフォーマンス、演劇等、幅広いジャンルの作家たちが自主的に展覧会を行っていました。時には、ギャラリーギャラリーで個展をする作家と日程を合わせて展示するというファイバーアーティストもいました。
→ 寿ビル5F展開図へ:第1室(B)、別室(A)、事務所(D)、5th space(E+F)※5th spaceは作家の自主運営スペース
別室として運用していたスペース(A)を2月以降は倉庫として利用。
そして、ついにビルにエレベータが設置されることになり、7月からは大規模工事がはじまりました。事務所として使っていたスペース(D)はビル全体の倉庫+ギャラリーギャラリー事務所として運用。
→ 寿ビル5F展開図へ:第1室(B)、倉庫(A)、ビル全体の倉庫+事務所(D)、5th space(E+F)※5th spaceは作家の自主運営スペース
急な工事だったため展覧会をキャンセルするわけにいかず、そのまま貸画廊の運営を続行しましたが、工事中のビルは大音響とホコリが大変で、展覧会を開催していただいた作家や見に来られた方々には、大変な迷惑をおかけしました。
京都では、残念なことにITFが6回目を迎えたにもかかわらずこの回をもって終了し、日本で立ち上がった国際テキスタイル・コンペがなくなりました。経済的には豊かとされている日本で何故このコンペが続かなったのか、検証が必要だと思います。オーガナイズ面においても、展覧会終了後は1回ごとに事務局が解散し、過去のカタログを買う問い合わせ先さえないという有り様でした。最終回となった今回は、審査見学に入らせていただきました。スライド審査でしたが、画像を大写しにするのではなく、ライトテーブルに並べられた応募者のスライドを審査員それぞれが回ってチェックをし、気になった作家のみ作品ファイルを見るというシステムで、メリハリの効いた写真の映り具合というものがいかにコンペでは重要かを認識しました。
横浜美術館では「世界を編む」という展覧会が開催されました。広い視野で“編む”という行為をとりあげた同展は、海外の現代美術作家も選出される等、ユニークな企画でした。先にも後にも、“編む”をテーマにこのような大規模展覧会が国内外で開催されたことはなかったように思います。
ニューヨークで開催されるクラフト系アートフェア「SOFA NY」に出品するアリゾナの画廊から、日本のテキスタイル・ミニアチュールを紹介したいからコーディネートをしてもらえないかと依頼を受けました。川嶋は開催日前日に開かれた美術館関係者とコレクターのみを招待するレセプションに出席。コレクターはこの日に招待されるのが名誉なことで、この時に作品購入を決めるというが常、初日には既に赤丸がついている状態ということを初めて知りました。このアートフェアのいいところは、入場料が日を追って安くなることで(作品が売れていくので、高いうちに入場して購入するのがコレクターの醍醐味)、最終日になると学生は確か無料で入場出来るシステムでした。(川嶋)
























